戸山公衆便所
●公衆便所をどうつくるか
@維持管理者から求められるもの
メインテナンス、ランニングコストが適切であることは言うまでもない。この建築の特殊性は、公共建築でありながら管理常駐者がいないことだ。そこで大きな要素となるのが、建物内で事件が起こらないようにすることである。これは公共建築としてとても重要なことであるが、建築的に解決するのは非常に難しく、失敗するととさらに事件の起こりやすい空間になる。
A利用者として求めるもの
汚れていない、安全で臭くない公衆便所を利用できれば、申し分ない。どんなに条件の整った便所でも、他人の便が残ったり付着しているところで利用するのは不愉快きわまりないから、掃除の回数を多くしてほしい。(誰でも慌てて汚す場合があるが、利用者の使える掃除用具は置いてないので、巡回掃除だけが頼りである)
次に立地にもよるが、公衆便所の利用者の多くは一日中、外で仕事をしている人々である。(戸山公衆便所で多いのはタクシードライバー。)彼らの立場からすれば、ある程度の密度でネットワークが必要である。
身障者用便所は一般に利用度が低いが、その理由で必要・不必要を論じてはならない。面積の余裕さえあれば、公衆便所には必ず設けるべきである。(車椅子利用身障者の生活圏は、身障者用便所のある近辺だけで、ほかは全て白地図であるとのことであった。)
B近隣住民が求めるもの
住宅に便所の無い家は殆ど無いので、公衆便所が近くにできて喜ぶ住民はいない。公害と呼ぶほどではないかもしれないが、同様の立地問題を抱えている。特に近隣には配慮しなければならないが、それは匂いや街並みなど、悪い影響を受ける人は全く利用せず、その他の人々のための施設であるからだ。従って近隣住民が第一に求めることは、匂いが風に乗って流れてこないことである。
●全体の設計
では、なぜ公衆便所は臭くて、暗くて、きたなくて、怖いのか。結論からいえば、防犯的に建築をつくっているからである。そのために怖い便所ができるというのは皮肉なことだ。
不快空間の出来上がるフローは図のようになるが、この環をどこかで断ち切らなければ、快適便所は実現しない。かといって安全性が損なわれてはならない。戸山公衆便所では発生要因のいちばん元のところで試みた。
便所設計の基本的セオリーは、入口扉がない場合でも廊下や外部から中を見通せないことである。しかし多くの公衆便所でそうなってはいないが、利用度が落ちることはない。そこで不快の元を断ち切るために、大便器ブース以外はすべて見えて良い、いや、すべてを見せることによってコミュニティの目で痴漢を撃退しようと考えた。
また浮浪者に対してはブース内で過ごしづらいよう、すべて天井なし構造とした。一番狙われやすい身障者用便所(中が広く、横になって鍵をしめて眠ることができるし、水道・洗面器を使って裸でシャワーを浴び、冬には火を焚いて暖を取ったりもする) は女子便所に組み込み監視の目が行き届くようにした。身障者便所を女子便所ゾーンに組み込むことについては、つぎの二つの調査により決定した。一つは身障者の方からの聞き取りで (イ)身障者用便所は一般的に男女に別れていないこと、(ロ)どちらかと言えば健常者と同じ便所を使いたいこと、(ハ)開放的な便所なら、入口が女子側にあってもそれほど抵抗感がないこと、(ニ)できれば健常者との共用ブースが男女両側にあれば最良のこと... など、もう一つは現地で利用者の聞き取りから、(ホ)買物キャスターをもったままトイレを使いたい、(ヘ)荷物を持ったまま子供の用便の面倒をみたい(この界隈は戸山ハイツの買物ゾーンで、まわりに数軒のスーパーマーケットがある) とのデータを考慮し、母子トイレと共用するというかたちで設置した。
このトイレは竣工時から今日まで、臭いは小さく、事件もなく、利用度がとても高い。

【コメント:建築設計資料第39号より転載】
作品3/戸山公衆便所
鈴木啓二/建築設計社のホームページ
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