鈴木啓二/建築設計社のホームページ
入家住宅の地域的特性 民家の観かた6:
C.蔵. 形態の選定
形の選定は、地域考証にズレが生じないよう、武蔵村山近くに実在する蔵を写し取る方法で行った。丘陵周りを歩き廻った結果、砂川新田に沢山の蔵がまとまって残り(実際に使っている)そのうち古い形態を良く保っていると判断した蔵(立川市上砂町2丁目42番)を選定した。砂川新田の建築に決めたもう一つの理由は、砂川新田が17世紀に村山郷岸村(現里山民家のある地区)の土豪であった村野氏による請負新田であった事から、岸地区と砂川新田の関係が深いと判断したからである。ただ、この地域で民家が土蔵を持つようになるのは、おそらく幕末頃からで歴史は比較的浅いといわれる。 一般に民家の屋敷構えは、主屋、蔵、納屋などが一度に造られて立派な体裁を整えるのではなく、始めは粗末な小屋から始まり、何代もかかって整えていくものである。悪い場所は建替えの時に忌避されるから、結果として主屋は安全や農作業に条件が一番良い位置に決められる。蔵はよく言われるように、お金が貯まったら、建てられる。だから蔵は主屋の付属棟として建築される。予定地として決めておくのであろうが、実際に建てるまでには条件が変ってくるので、主屋の前に置いたり裏に置いたりいろいろな配置が生ずる。季節風のある地域では主屋の風下側に接して造る例は少ない傾向であるが、東西南北に関係なく配置されている。入口扉は主屋に近い側か、前庭に面するかで調査した結果では方位や風向きに関係はみられなかった。近郊調査では、やや妻入りが多かったが平入りが少数派というほどではない。出典は妻入りであったが、ここでは利用施設という条件から前庭との繋がりを重視して庭向きの平入りとした。規模は梁間2.5間×桁行き3間2階建てで、この地区では最も多く、標準的な大きさである。柱は蔵の特徴であるが2階分の通し柱がぐるっと廻っていて、2階の床梁は通し柱に胴差しで納めている。

妻入りの蔵

平入りの蔵
民家の蔵は収穫物を収納しておく場合もあるが、火災から家財を護るための建築で耐火的仕様になっている。出典の蔵は土蔵(木造)で土壁厚が270mm、実質の耐火厚さである柱の外面から外壁仕上面までは180mmの厚さである。(蔵を外から見て壁厚を推測するには、外壁コーナー部分に打込まれている折れ釘の位置と仕上げ面までの寸法を測定することである。折れ釘は角柱の芯に打込まれているので柱4寸5分位に換算すると推測できる)これを伝統工法の土蔵で作ると工期が2年かかることから、木造部分は木造で、土壁部分は鉄筋コンクリートで作った。開口部は2箇所あり、出入り口と2階の小窓で共に土戸で防火扉になっている。1階入口扉は3重になっていて、防火扉の土戸が2枚、日常用格子戸が1枚である。錠は格子戸のみに付いていて、南京錠と落し猿が別々に使えるようになっている。中で生活しないのに落し猿は不思議であるが、L型に曲がった鉄棒で引っ掛けて開錠する。土戸には二つの形式゚があり、観音扉型の開戸と戸車を使った引戸がある。この地域では開戸型がやや多いが、出典に習って引戸とした。外側扉は扉厚86mm 、内側扉は54mmで、外壁の外側と内側にそれぞれ引き込む。近くが火災で延焼の恐れのある場合には扉廻りに壁土を詰めて塞いだ。下屋庇は内側の柱梁構造と庇の木材が土壁によって遮断され、庇が燃えても延焼しずらい構造になっている。また火災時には庇全体が取り外せる工夫もしてあり、土壁面に刺した折れ釘に垂木掛けを挟み込み、屋根を架けている。2階外壁漆喰面にある折れ釘の根本にあるツブ(饅頭型に壁を盛り上げている)も折れ釘から伝わる熱を小さくする美的工夫である。屋根はさや組み(置屋根)である。2階室内の屋根裏を見ると普通の小屋組みに野地板が張ってあり、一般の和風小屋と変わらないが、野地板の上に外壁と同じ厚さの土が載せてあり、その上に置屋根を組み、瓦屋根を葺いている。土を挟んで木部は完全に分離しているので、屋根が飛ばされないよう軒下の折れ釘から置き屋根の構造を繋いでいる例がよくある。ここで用いている屋根瓦は古式で小ぶりの64瓦である。(近年使っているものは一坪で53枚の瓦が必要な53型である)
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